平らな道なのにコケながら、もの凄い時間(当社比4倍)をかけて帰宅した。正確には、家が見えるところまで帰ってきた。
あたりまえのように待機していた実希さんが出迎えてくださった。
「なんて愉快痛快なのかしら。半端に頑丈なのも困ったものよね。痛い? ねえ痛いの? それ」
早速絡まれた。切り落とされた腕を眺めて喜んでいる。
「ほっとけ」
相手をするのが面倒くさい。一瞥だけくれ、足を止めずに家を目指した。今の俺は這うようなスピード。
当然、実希はついてくる。
「フラれた挙句に八つ裂きにされかけたのかしら? 後世に語り継がれる間抜けっぷりね。そこまで身体を張ったギャグで笑わせてくれるなんて予想外よ」
「ああ、俺だって予想外だ」
ギャグ云々は置いとくとして、だ。
とにかく早く休みたい。身体―――てか脳を休ませることが第一だ。無視に近い扱いで実希をあしらっていると、ついに立ち塞がってきた。
「―――」
俺より頭一つ分以上小さいくせに威圧感みたいなものがあるのは何故だろう。茜と比べると、まだ可愛いレベルというのがせめてのも救いだ。
「ボロ雑巾のようなあなたになら私は簡単に勝ててしまうと思うのだけれど。これって私の自惚れなのかしら?」
「―――いいや。やり方次第ではおまえが勝つだろうな」
「そうね。そして私はそのやり方を知っているわ。あら大変。あなた大ピンチよ」
淡々とした口調は事実だけを述べている。
どこか他人事のような白けた物言い。真意を理解しかねる。
「で。ここでやるってか?」
挑発気味に言う。実希は冷めた目で嗤った。
「私、蟻を踏み潰す趣味は持っていないと言ったはずだけど」
ぴ。
と俺の鼻先に突き付けられたのは針。―――針?か? 通常の五倍は太いであろう針、のようなものだ。針かっこ仮かっことじに、これまた太い糸だかワイ
ヤーだかを通している。
「だから。早く回復しなさい」
言うなり俺の取れた腕をひったくった実希は裁縫を始めた。つまり、腕を肩に縫い付けていく。たとえ実希とはいえ針と糸が揃えばやることは一つらしい。
「・・・・・・痛いんですけど」
「それは気のせいというものよ」
「あ、そう」
不器用すぎる手つきで悪戦苦闘している実希から視線を外し、ぼんやりと待つ。
寒い。
通行人が見れば、俺たちは寄り添う恋人にでも見えるんだろうか。ヤッてることはアブノーマル。恋人より変人か。間違っても実希には言えない。たぶん、キ
レた挙句に神経とか抉って引きずり出される。
「なあ実希。おまえこんなとこで張り込んでたら風邪ひくんじゃねえの」
「ひいたところで、あなたには関係ないし、そもそも私はあなたとは鍛え方が違うのよ」
「でも。おまえの手、冷たいんですけど」
「血も涙もない証拠よ」
「それでいいのか。正義の味方が」
言ってるうちに腕がくっついた。切り離された面が合わさっているだけの、形だけの元通りだ。つまり全く動かせない。しばらく休めば動くだろう。たぶん。
「とりあえず助かったわ」
「お礼? 気持ち悪い。全力のあなたを叩きのめしてこそ見せしめになるんだもの。これは私のためにしたことよ。なにを勘違いしているのかしら。馬鹿じゃ
ないの」
本気の馬鹿呼ばわりだ。目がマジだ。
「余計なことは考えず、せいぜい養生することね。惰眠を貪り肥え太るといいわ」
素敵な捨て台詞を吐いて実希は踵を返した。今のは実希語でいうところの、おやすみなさいイイ夢を、だろう。
つくづく面倒な性格をしている。
こいつ、友達いないから俺のとこに遊びに来てんじゃないのか、と。そんな阿呆なことを考えた自分に呆れた。