使ったものを元の位置に戻すというのは部屋をきれいに保つために必要なことだが、ここではまるっきり無視されているルール。
「―――あれ・・・」
本棚を整理していた一馬は、はたと手を止めた。本が、足りない。散らばっていた本は全て回収した。つもりだったのに、本棚には一冊分のスペースが空いて
いる。片付けの終わった部屋を探し回っていると藤吉郎が帰ってきた。
「なぁーにしてんだ?」
「本、一冊ないぞ。どこやったんだよ」
棚の後ろを覗き込んだ体勢のまま一馬は言う。
「どっこもやらないって。そこらへんにあるだろ」
「ないから言ってんだよ。おまえが毎回ちゃんと片付けてりゃ苦労しないんだけどなっ」
文句を言いつつ、一馬は探し続ける。
「おい。おまえの本だろ、探せよ」
「どうしても見つからないなら、また買えばいいんだが」
藤吉郎が本棚の前に立つ。
「何の本が行方不明になってんだ~?」
タイトルに目を通していき、最後までたどりつく。一瞬、藤吉郎は止まった。もう一度タイトルを確かめていく。そして。
「や」
藤吉郎はふらりと蹲った。
「ややややややややばい」
「なんでどもってんだ」
「本がない」
向けられる怪訝な視線をものともせず、藤吉郎は本棚に寄りかかった。
「よりにもよってアレがっ・・・。どこの盗人の仕業だよっっ・・・」
「盗人って。おまえいつの時代の人間だ。大袈裟な。ただの行方不明だって」
「探したんだろ・・・?」
「まあ、大体は」
一馬が答えた途端、藤吉郎は泣き崩れた。
「なに。なんだよ。なんでそんな大袈裟なんだよ。おい」
「・・・・・・・・・・・・・・・しみだ」
「―――しみぃ?」
藤吉郎が力なく立ち上がる。ふらふらと歩いていき、ぱったりとソファの腰を下ろした。
「・・・いるだろ、紙を食う虫。あいつだ。紙の魚と書いて紙魚」
「虫が一冊丸ごと食べたってのかよ。ありえねー」
「ありえてるだろ現実だ夢じゃないマジで本当に疑う余地もなく奴が食いやがったんだよ・・・・・・・・・・・・・・・ああ・・・俺のへそくり・・・」
「へそくり?」
ちらりと一馬に目をやった藤吉郎は大きな溜息をついた。
「今時へそくり本にはさんでんのかよ。つか、なんのためのへそくりだ。普通に貯金しとけよ」
「さっきも言ったけどな・・・本はまた買えばいいんだ。けどっ・・・金はどうにもならないだろっ・・・? ていうか、金がないと本だって買えないわけ
で・・・・・・て、待て。待て待て待てっ」
跳ね起きた藤吉郎が本棚を漁りだした。本をめくって投げ捨てていく。
「おい、散らかすな!」
「ない! ことごとく、ない!」
「なーにーがっ」
「ない」
掠れた呟きを残し藤吉郎は倒れた。
「・・・・・・食いやがった・・・・・・全部っ・・・へそくりだけをっ・・・」
ついに藤吉郎は力尽きた。ピクリとも動かない。
「金だけなくなったって、普通に考えると空き巣だよな。な?」
一馬の呟きは藤吉郎には届かなかった。