のーみそ直撃――い ちょうの話――



 レンガがずらりと並べられて道が造られていた。大人ふたりが歩けるような幅の狭い道が、大草原を横断して街まで続いている。
 その道を誰かが歩いていた。短い黒髪、赤いセーターを着た、背の高い人物だった。前方を睨み足早に歩いていく。
 見渡す限りの草原。
 遠くで何か音がした。だが、誰かさんには聞こえていなかった。
 「なんだよあれ・・・」
 しばらく進んだところで誰かさんが呟いた。前方にいちょうの木が見える。そこだけレンガ道が途切れ、ど真ん中にデンとそびえ立っている。
 「こんなとこにイチョウなんて生えるもんなのか?」
 特徴的な黄色い葉を踏みしめながら進み、誰かさんは木の下で足を止めた。根元に腰をおろして深く息を吐く。
 その瞬間。
 キイィィ――――――――ンという耳障りな音が響いた。
 誰かさんはとっさに耳を塞ぎ、ワケのわからない悲鳴を上げた。
 「な!ん!だ!こ!れ!!」
 音は次第に小さくなり消えていく。代わりにどこからか軽快なメロディが聞こえてきた。
 そして上から何か落ちてきて。
 誰かさんに直撃した。
 落ちてきたのは人間だった。誰かさんがクッション代わりになったおかげで怪我ひとつないようだった。茶髪で、手には大きなマイクを持っている。
 遅れて、もうひとつ落ちてきた。そのふさふさした銀色の毛玉には足が生え耳が生え尻尾が生え、小さな犬になった。こちらは口元に小型のマイクが付いてい る。
 ひとりと一匹は大きく息を吸った。
 そして。
 「やってぇ~来ましたイチョウのもとへ~~ボクはイチョウと共に在るぅぅ~~」
 「イチョウと共に旅していくよ~世界イチョウ旅~~」
 歌った。
 「なぁあに言っとるかぁ!!」
 倒れていた誰かさんは勢いよく起き上がった。怒鳴ると同時に音楽がピタリと止まる。
 「ロップぅ、この人なんか怒ってるよ」
 犬が言う。ロップと呼ばれた人間は首をかしげた。
 「本当だ。カバス、お前この人になにかしたのかい?」
 「えー。なにもしてないよ。カバスが悪いことするはずないでしょ」
 「ということは、勝手に怒ってるんだね。ボク達には関係ない。無視しよう」
 「そうしよう」
 「アホかーー!! 関係おおありだ! 全面的にお前らのせいで俺は怒ってんだ! 謝りもしないのか!?」
 「ああ・・・謝ってほしいんだね」
 やれやれといった様子でロップは目配せした。カバスと呼ばれている犬が頷き。
 「すみませんねぇ~ごめんなさいよぉ~~ごめんごめんで悪かった~ねぇ~~」
 「歌うなと言っとるんだ!!」
 怒鳴り声で歌を中断させた誰かさんはロップを睨みつけた。
 「飼い主が飼い主なら犬も犬だな! おい、あんた! 躾は厳し――」
 『ひどい!!!』
 マイク越しの大音量が響いた。誰かさんは音の直撃を受け、カバスは素早く耳を塞いでいた。マイクを持つ手を震わせたロップが誰かさんに詰め寄る。
 「ひどい。ひどいにも程がある! 飼い主だの躾だのなんて言葉はカバスを見下した言い方だよオニイサン!! ボク達は一心同体以心伝心唯我独尊明日は明 日の風が吹く!!」
 「いや、最後の方オカシイだろ」
 誰かさんの呟きをものともせずに振り返ったロップの視線の先には、なぜか涙目になっているカバスがいた。
 「ロップがっ・・・そこまでカバスのこと考えてくれてたなんて嬉しいよぉーーー! ロップ~~!」
 「カバスーーー!!」
 ロップとカバスは力強く抱き合った。
 その途端。
 またしても、キイィ―――ンという耳障りな音が響き渡った。どうやらマイクが原因らしい。
 「だあああああ!! 離れろ、お前ら!!」
 「嫌だ! オニイサンが何者であろうともボク達を引き離すことは出来やしないんだよ!」
 「この友情は永遠なんだよ~~!」
 抱擁が強くなるほどに、音は大きく強烈になる。
 「このやろ! いい加減に・・・!」
 歯を食いしばった誰かさんはカバスの首根っこを引っ掴んだ。
 「せんかあーーー!!」
 ぶん投げられたカバスが宙を飛ぶ。驚く飛距離を記録してカバスは地面に落ちた。
 「あああ! ひどい!! カバスっ、カバスー!」
 マイクを投げ出してロップは駆けだした。倒れているカバスを起してガクガクと揺さぶっている。
 「しっかりするんだ! 傷は浅いぞ!」
 「えへへへへへぇ・・・ロップが十人いるぅ~~? えへへへ~~」
 「カバス! 凄いじゃないかカバス! いつの間に十まで数えられるようになったんだ!?」
 「世界がぁ、回って回っれれれれ、まわれれれえぇぇぇ~~~?」
 「しっかりしろ、カバス! ああ・・・あのオニイサンにやられた傷はそんなに深いのかっ・・・?」
 カバスが目を回している原因は、もちろんロップが揺さぶっているからだった。それでも手を止めようとしないどころか激しさを増していき、ついに。
 「ふえあお・・・・・・がくっ」
 カバスの身体から力が抜けた。
 「か・・・か・・・!」
 震える手でカバスを抱きしめたロップは、その柔らかい毛皮に顔を埋めるようにして。
 『カバスーーーーー!!!』
 絶叫をカバスのマイクが拾った。とんでもない破壊音となって草原に広がっていく。遥か遠くで鳥が飛び立った。
 しばらくして、どこからか音楽が流れ出す。青春ドラマのオープニングのような、熱いメロディだった。地面に転がるマイクを拾い上げたロップはぺこりとお 辞儀した。
 「五番、ロップ歌います。―――ボクは忘れないよーー友と呼んだあの子のことーをー。離れ離れになったとしてもーボクらはずうっと友達さあーー!」
 はらはらといちょうの葉が散っていくなか、こぶしをきかせたロップの歌は続く。
 「夢の中ならいつでも逢えるー、君の笑顔を夢見てるのさぁー。目覚めたくない君と一緒だいつまでもー。だけどそろそろお腹がすいてきてー困ったワンワン ~」
 熱く熱く歌いあげたロップは深くお辞儀した。さらにどこからともなく、高らかな鐘の音が一つ鳴り響いた。その音に反応してか、ロップは信じられないと いった表情でうずくまった。
 「頑張ったのに! 頑張ったのに! やっぱり努力と結果は釣り合わないのか!? いやそんなことない、そうさ、努力は美しいんだから! もっともっと頑 張れボク! ファイトっ」
 ひとしきり悔しがったロップは、仕切り直すように小さく咳払いをした。
 「・・・ふぅ。というワケで、やっぱり歌はいいね。ボクの気持をみんなに伝えるための最高の方法だと思うよ。これからも応援ヨロシクお願いします。た だ・・・」
 溜息をついてロップが眺めた先には、目を回したカバスと、絶叫のショックで気を失った誰かさんがいる。
 「せっかくの歌をきちんと聴いてくれないなんて、ボクは悲しいよ。・・・いや、これもボクの力不足なのかな。精進あるのみってことだね。・・・・・・ ん?」
 遠く遠く、まっすぐ伸びるレンガ道に人影が見えた。
 「ああ! 大変だカバス! 次のお客さんが来た! 早く準備をしないと!」
 「あうあう・・・?」
 カバスを背負うようにしてロップはいちょうの木に登っていった。そしてその姿が完全に見えなくなった。木の根元には置き去りにされた誰かさんが残されて いる。
 街の方からやって来たそちらさんが、倒れている誰かさんに気がついて、慌てて駆け寄る。
 「なにがあったんですか!? 大丈夫ですか!?」
 「うう・・・」
 うっすらと目を開けた誰かさんは、何とか聞きとれる声で言った。
 「に・・・逃げ・・・」
 「え? なんですか?」
 「ここは・・・危険――」
 その時。
 どこからともなく、爽やかな音楽が聞こえてきた―――。


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