まじょ


 ずっと。
 公園の隅にうずくまっている少女がいる。どれほどの時間をずっとと呼んでいいのかは知らないが、とりあえずは僕が彼女の存在に気付いてから今までの間 だ。 十五分ほどか。丸まった背中が時折動く。初めは、気分でも悪いのかと思ったが、どちらかといえば熱心に何かに取り組んでいる模様。この位置からだと後ろ姿 しか確認できないのでなんともいえないが。
 突然。
 少女が何か投げた。小さなソレはそばの茂みに入った。
 刹那。
 茂みから黒猫が飛び出してくる。猫は少女の足元を駆け抜けていった。見送るように振り向いた少女は、満面の笑顔。
 「―――」
 目が、合った。
 みるみる少女の笑顔に誇らしさが混じっていく。
 「みた? みたっ?」
 声を弾ませた少女がまっすぐ僕のところのやって来る。
 「見たといえば、見たかな」
 「すごいでしょっ?」
 にっこり、と。
 「・・・・・・何が?」
 「わたしが」
 分からない―――と思ったのが顔に出てしまったのか、少女がムッとして詰め寄ってくる。
 「わたしは魔法が使えるの! みたんでしょ? わたしは石を猫に変えることができたの!」
 「あぁ。なるほど。魔法、ね」
 頷いてみせると、少女はようやく不機嫌を消し去った。
 「すごいでしょ?」
 「つまりキミは魔女なわけか」
 「ちがう!」
 「うん?」
 僕を睨んでおいて、少女がやたら大袈裟な溜息をつく。
 「今じゃその言い方はサベツでしょっ。なんにもわかってないんだからっ」
 「そう言われても、そこらへんの事情はよく分からなくて。なんせ僕の周りにはいないから、魔女っ子は」
 言って、様子をうかがってみる。少女は首をかしげた。
 「・・・いや。『魔女っ子』はOKなのか、と」
 「だって、かわいいじゃない?」
 「さぁ、どうだろう」
 「・・・・・・・・・・・・。なんか」
 僕を見る目が、微妙に―――。
 「おにーさん、なんでそんなにテンションひくいの? なんでやる気ないの?」
 「でも、それが僕だから」
 「―――」
 少女が、じっと僕を見上げてくる。
 やがて。
 「つまらないっ」
 はっきり言ってクルリと背を向けてしまった。
 「わたしがはじめて魔法をつかった日なのに! もっとビックリしてくれる人がいてくれたらよかった。おにーさんはダメダメ、しっかく」
 ぼやきながら去っていく。
 「これだからオトナはダメなの。としをとると―――・・・」
 「駄目、ね。そう言われても」
 ふと顔を上げると。
 「あ? れ」
 いつの間にか人影がある。
 「・・・・・・何してんの」
 「おさなごにフラれた男の観察」
 呆れかえる僕をからかうように彼は笑う。
 「おまえにそんな趣味があったなんてなー」
 「・・・・・・あまりにも退屈な待ちぼうけ時間を有効活用しようと、ついにやってしまいましたとさ。めでたしめでたし」
 「う、え? まじ?」
 「なワケない」
 嗤う。
 「あぁ、そういえば」
 向き直ると、彼は怪訝そうに一歩さがった。
 「魔法って信じる?」
 「いいや。全然」
 見事な即答に、僕は微笑みを返す。
 「奇遇。僕もそう思ってたところだ」
 「なんだそりゃ」
 「そういう事だよ。じゃあ、さっさと行こう」
公園を出たところで僕らの前を黒猫が横切った。金の鈴をチリンと鳴らして、あっという間に見えなくなった。


 end
戻る


inserted by FC2 system