森泉のはなし ①
破壊魔―――と呼ばれている人間がいる。誰が名付けたのか、いつから呼ばれているのかは定かではない。人面犬やら口裂け女などと同類の奇怪な噂話として
破壊魔の名は広まったらしい。だが、都市伝説との違いは明らかだった。現実に確実に庶民的に―――破壊魔は存在している。
「く、そッ! どうなってんだこれ!」
ひと気のない公園。住宅街にありながらも人々から忘れ去られたかのように閑散とした空間。晴れた休日の昼間だというのに公園にいる人間は、ひとり。街に
は似つかわしくない黒い軍服姿が蹲っていた。破壊魔と呼ばれる男―――森泉 空。
「ぁああああああッ。なんっ、だ・・・このッ、これ!」
がつんごつんと金属音が響く。森泉の手元からだった。だが残念なことに―――もしくは幸運なことに、破壊魔が文句を言いつつ専念しているのは修復作業
だった。子どもには聞かせられない単語で罵りながらも手は止めようとしない。地面に置かれておるのは頭ほどの大きさの四角い鉄の塊。こんがらがったコード
があちこちから伸びている。大量のスイッチやランプは用途不明。アンテナじみた針金が頼りなく揺れていた。
「畜生が」
八つ当たり気味に鉄の塊を殴りつけた森泉は唐突に―――振り向いた。
「何が悪いんだと思うよ」
離れた場所で傍観していた私に訊いてくる。真っ直ぐこちらに向けられる眼差しは睨んでいるようだが、破壊魔は目つきが悪いと噂が語っている。
「性格」
「却下」
簡潔な受け答えが終了し、森泉は再び鉄の塊に向き直った。あちこちをいじり回しながら呟き喚き罵る。成程、公園に人が寄りつかない理由の一部を垣間見た
気がする。
「―――お」
不意に森泉は手を止めた。鉄の塊が耳障りな機械音を発している。
「キタキタキタ」
ニヤリと悪党じみた笑みを浮かべた森泉は携帯電話を取り出した。もつれたコードを漁って携帯を繋ぐ。画面を確認するとリズミカルにキーを押していく。し
ばらくすると機械音は小さくなり、そして消えた。
「今日はこんなもんだな」
満足げに―――やはり悪党の笑みを浮かべた森泉は携帯をしまった。大きめの赤いスイッチに触れると、それまでせわしなく点滅を繰り返していたランプが消
えた。
「はは。順調じゃねえか」
軍服姿がゆらりと立ち上がった。肩を回し、首の骨を鳴らし―――ふと。振り向いた。眉を寄せて睨んで―――おそらく見つめてくる。ザリ、とブーツの底が
地面を踏んだ。ザリ、ザリ、と足音が向かってくる。
「―――」
近すぎるほどの眼前で足が止まった。
「で。おまえ、誰」
値踏みするような視線が突き刺さる。
「おまえ、誰だ」
「―――・・・」
私が口を開いたのと同時に。
―――――――――――!!!
強烈なハウリングが静寂を割った。音の爆発は一瞬だっかが、耳鳴りが後を引く。公園にスピーカーの類は設置されていない。音の発信源は、おそらく
―――。
「・・・」
森泉は無表情だった。だがそれが怒りを孕んだ沈黙であることは明白で、嵐の前の静けさ的な不気味さを纏っている。ゆっくりゆっくりと振り向いた森泉は、
見た。
折れたアンテナ。切れて散乱するコード。
鉄の塊の上に立つ―――オニンギョウ。人形。フランス人形。ガラスの瞳を爛々と輝かせる人形は、当たり前のように立っていた。二本の足と、そして右腕に
縛り付けられた何かで器用にバランスをとっている。何か―――とは。その悪趣味な装飾は可愛らしい外見には不釣り合いな―――包丁。
「―――なんだ、てめぇ」
呟いた森泉の双眸が凶悪に細められ。
「なんだテメエ!!」
瞬間沸騰した。
「せっかく直りかけてたってのに何やってんだ、あァ!? ふざけてんのかふざけてんのかよ、おイ!!」
いくら怒鳴ろうと人形が怯えることはない。作り物の微笑みは健在だった。
だいの大人が人形に話しかけている滑稽な場面。それを笑おうとする人間はこの場にいない。
「何様のつもりだ人形様か!? 人形様は俺より偉いってのか!?」
人形の首が―――カクンと傾いた。森泉の言葉に頷いたともとれるタイミングだった。その動きに森泉はますます声を荒げた。
「ここまで直すのに何日かかったと思ってんだ、クソ!」
荒々しく踏み出した瞬間。
「 」
それを制するように人形の包丁が跳ねあがった。マリオネットのごとく不自然な動作。切っ先が森泉の顔面に向けられる。
「―――」
森泉が眉を寄せると同時に。
人形は弾けていた。弾丸のごときスピードで森泉に襲いかかる。
が。
私の投げたハサミが人形の顔に突き刺さり、微かだが軌道をずらした。森泉の肩をかすめると、うまく着地できないまま地面を転がっていく。
「どうして人形が」
「それより俺は、おまえがポケットからハサミを出したことに驚きたい」
「―――まだ」
視線の先で、砂まみれの人形が起き上がる。頬にハサミが刺さっていた。ガクガクと揺れるぎこちない動きで首が回り、ひび割れた笑顔がこちらを向く。ガラ
ス玉の瞳が私を見る―――直前。黒い大きな背中が割り込んできた。
「はいはい、これは俺の問題だ」
振り返ることなく森泉は言う。
「眼鏡っ子は三つ編みでもぶら下げて本でも読んでろ」
意味不明な発言をして森泉は笑った。破壊魔と呼ばれる男が、人形を見て、笑った。ニヤリと歪んだ表情は心底楽しげで、瞬きすらしない。どこか気だるげ
だった雰囲気は消え去り、新しい玩具を与えられた子どものような―――否、それはまさしく獲物を前にした肉食獣の目つき。
「バラバラにしてやる」
森泉の腕が宙を薙いだ。飛び出した小さなナイフが人形の胸に突き立つ。軽い身体は数歩後ずさったが、そこまで。再び人形が跳ねる。一直線に森泉へ。包丁
が脇腹を裂いた。
「ハはハハ!! たまにはオニンギョウ遊びも悪くねえ!」
森泉は笑う。命のやり取りに興奮しているかのように、非日常を楽しんでいるかのように。いつの間にか森泉の手には凶暴凶悪な大振りのナイフが握られてい
た。手入れされた刃に曇りはなく、むしろ森泉の瞳と同じギラついた光をまとっている。
「ほおら、来いよ。来い」
森泉は構えない。両腕をだらりと下ろしたまま、ゆらりゆらりと身体を揺らしている。
挑発に乗るように人形が動いた。ギ、と軋むと―――飛びかかった。
「ハ」
笑う森泉はゆらりと傾き、それだけで人形をかわした。だが―――人形は物理法則を無視する。ガクンと空中を蹴ると急激に方向転換した。無防備すぎる軍服
の背中に包丁が狙いを定め―――。
「 」
頭でも掻くような何気なさで腕を上げた森泉は。
―――一撃。
乾いた音を響かせて人形の頭部が飛び散った。
―――追撃。
間髪いれずに振り上げたナイフに全体重を乗せるようにして―――斬。
人形の胴体を貫通させたナイフが地面に突き立つ。
「―――ハ。ははは。やべぇ・・・」
声が震えていた。ゆっくりと息を吐き出しながら森泉は身体を起した。
「なんだ、これ。やっべ。ハハ。楽しいじゃねえかよ、くそが」
押さえきれない興奮に声も身体も震わせて森泉は―――破壊魔は呟く。
可愛らしさの名残りもない人形は憐れにも標本のごとく地面に縫い付けられている。手足をバタつかせて逃げ出そうともがいているが無駄な努力だった。
「ははは。最高」
追い打ちをかけるように森泉はナイフの柄を乱暴に踏みつけた。黒い瞳が人形を映す。楽しげに見下ろし、愛おしげに眺め、嘲るように見つめた。
「はハ」
短い笑いと共に人形の頭を踏み潰す。あまりにも呆気ない終わりだった。それっきり人形は動かない。
「―――・・・は」
目を閉じた森泉は天を仰ぐ。静かに深呼吸を繰り返す様は身体に溜まった熱を吐き出しているようだった。近付くのが躊躇われるほどの凶悪さが薄れていく。
たっぷりと時間をかけて呼吸を整えると、やがて、元の気だるさを孕んで瞼を上げた。
「―――で。おまえは一体いつまでいるつもりだ」
存在は邪魔だが文句を言うのも面倒臭い―――と森泉の目が言っている。私を一瞥すると、その場にしゃがんで飛び散った人形の破片を集め出した。公園の美
化に努めている、というわけではないだろう。小さなものまで出来る限りを拾うと一か所に置く。
「なあ、ガソリン持ってたり」
「しない」
「ちッ」
理不尽な要求をしておいて勝手に不機嫌になった森泉は安っぽいライターを取り出した。人形のドレスに火を―――火を、つけようと、するが。ライターは火
花を散らすだけで炎は灯らない。
「畜生。肝心な時に―――・・・ん?」
マッチ箱を差し出す。
「―――・・・・・・」
無言でマッチ箱を睨んでいた森泉は、胡散臭そうに私を見上げてきた。
「おまえのポケットには妙な物しかはいってないのな」
「残念。お互い様」
「ばーか。俺のは夢と希望で一杯だ」
マッチを擦った森泉は今度こそドレスに火を付けた。間もなく、炎はありえない早さで人形を包んだ。穏やかな風が嫌な臭いを攫っていく。
作りものであっても、人間の姿をしているものが燃えているのはいい気持ちがしない。焚き火にでもあたるかのように掌をかざしながら森泉はぼんやりと炎を
見つめる。あるいは、何か考えているのかもしれない。
森泉が活動を停止した公園は平和だった。暖かな日差しの中、野良猫がまどろんでいる。地面をつついて跳ねる雀たち。
「・・・俺、ちょっと思った」
ぽつりと呟きがもれた。炎を見つめたまま森泉は続ける。
「サンドイッチが食いたい」
いつ、どこで、誰が、何を思おうが自由なのだ。本当に、思うだけならば。だがそこに無言の要求もしくは期待が含まれてくるとタチが悪い。この場合、要求
ではなく暗黙の命令とでもいおうか。
動かない私に焦れたらしい森泉は、ずばり言った。
「コンビニ行ってこい」
しっしと追い払われ、仕方なく公園を出る。
少し歩けば街は休日の昼間に相応しい賑わいをみせていた。人も車も溢れている。公園とその付近―――森泉を取り巻く空間だけが異様なのだろう。いつから
こんなことになったのか。だからといって、森泉に同情する義理はない。
二分ほどでコンビニにたどり着いた。サンドイッチとシュークリームを買って店を出る。賑わいから遠ざかり、公園へ。森泉は日の当たるベンチにいた。ずり
落ちそうなほど浅く腰かけ天を仰いでいる。
「ただいま」
顔を覗き込むと目玉だけが動いて私を見た。サンドイッチを渡して私もベンチに座る。
シュークリームの袋を破いて中身とご対面していると―――手首を掴まれた。すかさず森泉が食いついてくる。そのまま、くわえてシュークリームを奪って
いった。
「―――」
これが飼い犬の行為なら微笑ましくもあるのだが。相手はだいの大人―――破壊魔―――森泉空。
「笑えない」
「んあ。何が」
やる気のない咀嚼を続けてシュークリームを食べ終えた森泉は当然サンドイッチにもかじりつく。美味しいのか不味いのか分からない、つまらなさそうな顔で
半分ほど胃におさめたところで残りを私に押しつけてきた。
「さて、と。やっとくか」
ゆらりと立ち上がった森泉は大きく伸びをした。大あくびをしながら向かった先は、人形を燃やした場所。すでに炎は消えている。放置されていた大振りのナ
イフを手にすると、投げ上げては受け取り投げ上げては受け取りと―――ジャグリングするかのように弄び始めた。視線は人形を中心に地面を眺めている。
「細かいとこは、まあ適当でいいよな」
ひときわ高く投げ上げたナイフを受け取ると切っ先で地面に線を描きだした。行ったり来たり、文字らしきものを書いたりと忙しない。人形を中心にして描か
れていくソレは典型的な―――魔法陣、と呼ばれるものだった。直径が二メートルほどの円。適当と言いながらも模様らしきものも付け足されていき、最終的に
は複雑な図形に仕上がった。その出来に満足なのか森泉の口元には笑みがある。
「たまにはァ、やることやっとかねえとな」
軽く腕を振ると、その手には手品のように蝋燭が現れた。円の中心に蝋燭を立ててマッチを擦る。近付けた炎が―――ボ、と爆ぜ。
―――――――――――。
――――――。
―――。
そのふたりは当然のようにそこに―――公園の入口にいた。白と黒。ふたりの男。
ふたりがそこにいるのを、森泉は当然のように受け入れていた。
「成程。さすがにまだ生きているか」
黒い男の冷めた眼差しが森泉に向けられる。
「うぜぇ・・・」
白い男が舌打ちした。
「―――ははは」
森泉の視線はふたりを捉えたまま固定されていた。溢れ出る悦びが徐々に口元を歪ませ無気力を喰らっていく。
「はハ。ふたり? たった、ふたりで! どうにかできんのかよォ、おいィ!」
「余裕かましてんなよ。・・・マジうぜぇよ、おまえ」
ひゅっ、と空気が裂ける。白い男の手には―――鞭。この時代この時間この場所には不自然すぎるはずのそれを否定する人間がこの場にいない。異様だと認め
られない異物は異物になりえなかった。
「死んどけ。即死んどけ。おまえが消えれば全部終わるんだ」
「はァあ? 分かってねーな、虫けらァア」
鼻で笑った森泉がナイフをぶらつかせる。
「俺の存在はテメエらの命一万個積んだって釣り合わないほど偉大で尊大で高価なんだ。生意気な口きいてんじゃねェ」
言いながらも森泉は楽しげだった。
「誇大妄想だな」
「事実現実真実だ」
森泉が腕を振るう。飛び出した小さなナイフが空気を裂き―――鞭に叩き落とされた。
「ははは! 守ってるだけかよ、つまらねえぞ!」
腕をふるうたび次から次へとナイフが飛び出す。ろくに狙いが付けられていないナイフは半分ほどが大きくそれて飛んでいき、残りは鞭に弾かれた。
森泉は完全に遊んでいる。そんな攻撃で男たちが怯むはずもなく、森泉に向けられる眼差しはますます冷めていく。憐みさえ浮かべて黒い男はナイフを一本
拾った。
「おまえこそ、やる気はあるのか」
男がナイフを放つ。森泉と違い無駄のない動作、正確なコントロール。森泉の頬の皮一枚のみを見事に裂いた。
「この程度、ということか。話にならない」
「なぁに言ってんだ、おイ。お互いよお、楽しくお喋りする気なんかねえだろうが。おまえらはおまえらの役割を果たせよ」
森泉が投げたのは―――見覚えのあるハサミ。
「 」
全てのナイフを弾いていた白い男は何故か一瞬反応が遅れ。それでも、しなる鞭がナイフを弾いた。ナイフが高く跳ねあがる。くるくる回転しながら落下して
―――地面に、刺さった。
「 「 」 」
森泉と黒い男が同時に拳銃を抜いていた。
いきなり発砲したのは森泉。一発で相手の銃を弾くと銃口が白い男に向く。小さく舌打ちすると白い男は横に走りだした。
「逃げてんじゃねェよ! はハっ。おいおいおイ! ハナシになんねえのはどっちだ!?」
発砲が続く。だがそれも、逃げている様を楽しんでいるかのように狙いが甘い。またしても遊んでいるのだろう。
やがて。
―――かちん。と間抜けな音がして発砲が止まった。同時に白い男が森泉に突っ込んでいく。森泉が投げた拳銃があっさりと弾かれた。
「はははッ。来いよ、来い来い!」
森泉がナイフを振りかぶり―――その視界のの外で黒い男がしゃがんでいた。手には鈍く光を反射する、何かが。そっと拾い上げたのは―――あの、ハサミ。
「 」
音もなくハサミが飛ぶ。的確正確、無慈悲なコントロールで。
―――ト。と、蝋燭が切断された。
「――――――」
――――――ガァアアアアアアアアァァアアァ! と烏が喚いた。間もなく喧騒は飛び立ち、公園に静寂が戻って来る。
立ち尽くす森泉。森泉、のみ。
ナイフも銃も―――白い男と黒い男の姿さえ、どこにも、ない。異様すぎた光景は白昼夢という言葉で片付きそうなほどあっけなく消え失せていた。鉄の塊だ
けがポツンと放置されている。
「・・・―――・・・」
森泉は天を仰いでいる。空に何かが浮かんでいるわけではない。ただただ青い晴れた空。たそがれているのか呆けているのか。どちらにせよ覇気というものが
なかった。
「・・・・・・・・・」
長い長い息が吐き出される。ふらりと揺れた森泉は実に気だるげに歩き出した。ザリザリと足を引きずるような歩き方は癖らしい。
「―――結局」
私の眼前でピタリと立ち止まった。じ、と睨んでくるので私も黙って見上げる。どちらも笑わないにらめっこ。
果たして、この男は―――破壊魔としてではない森泉空は、笑う瞬間があるのだろうか。日常に退屈していそうな男が破顔する状況が思い浮かばない。
「・・・なんか今、妙なこと考えてるだろ」
「べつに」
「いや、それより。―――おまえ、なんだ」
尋ねるというより責めている口調。
「―――月城双子」
「誰が名乗れって言ったよ。なんでおまえはここに居んだ。結局、一部始終を見やがって」
「人間観察が趣味だから」
「はあ?」
「私はただの傍観者」
掌を上にして右手を差し出す。森泉は眉を寄せた。思案するように目を細めた後、視線だけで意味を訊いてくる。
「代金。シュークリームの」
言うと、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「出世払いだ」
「出世って」
「魔王だ」
「―――まおう。だれが」
「俺が」
はぐらかすでもなく笑うでもなく森泉は言ってのける。当然すぎて口にするのも面倒くさいといった様子だった。
「だかから帰れ。俺は忙しい」
「それは多分、気のせい」
「なわけあるか。ガキはさっさと帰れ。そういやこの辺、変質者出るらしいぞ」
どの口が変質者などとほざいているのか。それはあながち森泉のことを指しているのかもしれない。
私の手を押しのけた森泉は鉄の塊をいじりだした。最初と同じく、罵りながらの操作が始まる。
「なに」
「 」
訊いても返事がない。それでも訊き続けていると、イラつきながらの答えが返ってきた。
「ラジオ? みたいな。受信すんだよ、これで」
「なにを」
「地球電波」
鉄の塊を睨む目つきが鋭くなっていくのは、私に対するイラつきを向けているのが明らかだった。気がつかないふりをして私は森泉の手元を覗き込む。
「電波ってなに」
「―――・・・。・・・世界征服マニュアルとか城の建築方法とかいろいろいろいろいろいろだ」
「いろいろって」
「 」
ぴたりと森泉の手が止まる。ぐ、と拳を突き付けてきた。
「ん」
更に突き付けてくる。なんとなく察して両手でお椀をつくると、拳が開き―――一口サイズのチョコレートが私の手に落ちた。
「それやるから帰れ。今すぐ帰れ。俺の視界から消えろ」
それっきり、何を訊いても口を開かなくなった。仕方なしに私は腰を上げ、森泉の背後の―――森泉の視界に入らないベンチに座る。小さな舌打ちが聞こえて
きたが無視しておく。
「・・・くそ」
傍に人がいようがいなかろうが作業ははかどらないようだった。それでも止めようとしないあたり、我慢強いのか執念深いのか。
はたから見るぶんには、森泉は街に溢れる若者と何ら変わらない。軍服以外は、髪型も顔つきもどこにでもあるものだった。それでも森泉空は破壊魔と呼ばれ
ている。破壊魔を破壊魔としているのは本人ではなく巷の噂なのだろう。一般的に口にされている噂は、こうだ。
―――とある公園には破壊魔と呼ばれているホームレスがいる。餌付けをすると懐かれる―――
尾ひれがつき背びれがつき噂の種類は増えているようだが、大本はくだらないものなのだ。そして、おそらく。その噂には近々、魔王というキーワードが付け
足されることになるだろう。ますます胡散臭くファンタジーになっていく噂を真に受ける人間がどれほどいるというのか。森泉が望む望まないに関わらず、取り
巻く環境が破壊魔という存在を大きくしていく。
―――これだから観察は面白い。私の立ち位置は常に枠の外。私は飽くまで傍観に徹する。
とりあえず今日は日が沈むまで森泉の観察を続けることにする―――。
end