正義の味方



 それは、いわゆるカツアゲの現場だった。
 「愛と自由の使者参上~」
 闖入者。場の視線が男に集中する。紫の髪、唇も爪も紫に塗っている姿は異様だった。男は軽い口調で続ける。
 「さぁて、参上しちゃったわけですがぁ、そうなると、この後どうなるでしょう~?」
 最初に目が合った男子に男は問いかけた。殺気立っている男子は答えない。別の男子に問う。睨んでくるだけで、やはり二人目も口を開かなかった。
 「なんだよ。なんで分かんないの。常識じゃんよ、ジョウシキ。・・・・・・て。あー、そっか。常識なんてもの知らないからカツアゲなんかしてんだもん な?」
 笑って、男は男子たちに歩み寄る。
 「やっちゃいけないことやっちゃったからさー、きみら。だから俺、参上しちゃったのヨ」
 場の空気を堂々と無視。男は続ける。
 「ほらアレだよ。正義が勝って悪が滅びるっての? でもさー、この、悪ってビミョーだよな。そう思わねえ? 基準は何だって話。つーわけで、俺ルールと か作ってみました~」
 足を止める。三人の男子たちから二メートルほど離れた位置。
 「悪ってな、目的の前に立ちはだかってる邪魔なモノ。障害物とかのウザイものだな。俺にとっては、きみらが悪。このルールでいくと、カツアゲの邪魔して る俺って、きみらにとっての悪になるな。悪VS悪? HA! そうなんだよ、そうなんのヨ。どっちが正義かってのは全部終わってから決まるもんなんだよ な」
 男が嗤う。ポケットに突っ込んでいた手を出して、振った。
 「つーまーり。勝ったほうが、めでたく正義になっちゃうワケ」
 状況を理解した二人の男子から悲鳴が上がった。状況を理解できないまま、一人は胸にナイフを突き立てて倒れた。
 男は逆の手で、ベルトに挿してあった塊を抜いた。
 発砲音。一拍置いて、悲鳴。さらに一拍置いて、悲鳴に重なる、ドサリと倒れる音。
 悲鳴、悲鳴、悲鳴。
 「あー、はいはい。分かったから。男がギャーギャー喚くなって父親とかに言われなかった? 俺、昔すっごい言われたんだよなあ。自分が殴っといてンなこ と言うんだよ、ウチのオヤジ。文句の一つや二つや五十くらい言ったっていいじゃんなあ? ・・・・・・って、おーーい?」
 一つの悲鳴が逃げていく。
 「うわあ。すっごく淋しい。話まともに聞いてもらえなかった末の置き去り。都会人の冷たさを思い知るネ、この瞬間。あれ? そっか。 勝っちゃったよ 俺。正義? 俺って正義? はっは~! イイね!」
 カツアゲされていた男子が尻もちをついて、呆けたまま男を見上げている。ケラケラ笑いながら男は近づいた。
 「俺ってすごくない? ま、正義だから勝って当然?」
 男は男子の腕を引いて立たせた。
 「ダイジョブ? 身体とか財布の中身とか無事?」
 男子が呆けたまま頷く。
 男は。
 「あー、そりゃ良かった」
 男子の背中をしたたかに壁に叩きつけた。
 「じゃあさ、とっとと出して? 財布。どうせとられてた金じゃん。あいつらの懐に入ろうが俺のもんになろうが大差ないな~い」
 胸ぐらを掴み、締め上げ、微笑む。呆けたまま男子は財布を差し出した。
 「ん、サンキュ。じゃ、気をつけて帰ってくれよ。俺もう助けてあげらんないし」
 満面の笑みで男は言う。
 手を振って、紫の男は去っていった。

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