天使千円
天使を買った。
これがまた、酔った勢い以外のナニモノでもないんだけど。冷たい夜風に吹かれているうちに我に返った。
ナニやってんの、俺?
「どうすっかなぁ・・・」
家に帰る前に近所の公園に立ち寄る。もちろん天使も一緒に、だ。暗い公園には誰もいなかった。時間が時間なだけに当然か。冷えたブランコに腰を下ろす。
頭も冷えて絶好調。
さて、と。
そばに突っ立っている天使。こいつがまた、えらく無表情だ。キレイな顔してんのは確かなんだけど、愛想ってもんはどこ行ったんだろうな。
「あんたさぁ、マジで天使なわけ?」
訊いてみても、肯定も否定も返ってこない。
本物の天使なんてもの俺は見たことがない。でもコレは違うんじゃないかなあ。どう見ても人間だろ。訊くこと自体が馬鹿げてる気もするな。
「なぁ、ちょっと」
手招きすると、天使は素直に俺の前に来た。
「あっち向いてくれる?」
回れ右してもらって服をまくし上げる。背中を拝見。
―――羽根なんて無いよな、やっぱり。
「はい、どうも」
天使だ、と、売ってたオヤジは言ってた。怪しいキャッチセールスだったし、あんな言葉を信じたわけじゃない。だいたい、そういう類のもの俺は信じないん
だよな。
あー、もしかして。天使ってのは言葉通りの天使じゃないのか? カラダ売ってる奴のこと巷じゃそう呼んでるとか。だとしても、残念ながら俺にそんなシュ
ミはないんだよなぁ。でもカネ払ったんだし、どうしようと俺の自由・・・・・・か?
天使が俺を見てる。
「・・・・・・えーと。あんたさ、全く喋ってないけど声出ないなんてことないよな」
そういえば俺コイツの声を聞いてないぞ。すっごい人見知りするタイプ? それとも俺すっごく嫌われれてる? わっかんないけど、ここまでおとなしいと愛
玩用には向いてない気がする。言うとおりに動いてくれるから今のところ問題はないんだけどな。
「ま、いいや」
何にしても、もう結論は出てんだよ。寒いし早く帰りたいし。
「俺さ、あんたを買ったけど、飼うつもりはないんだよな。ウチのマンションってペット禁止でさぁ」
表情に注意しながら告げていくけど、天使は相変わらずの無表情。ペット呼ばわりに腹立てたりしてないのかな。
「だから。ここら辺で適当にノラやってくんないかな。俺たまぁにエサ持ってくるから」
じっと俺を見てくる天使。
ああ、俺って無責任。俺みたいな飼い主がいるから、ゴミ漁る犬とか猫が街にあふれるんだよ。繁殖しだしたら大変なんだぞー。って、何のハナシだ、コレ。
「あんたのことココに置いてくけどさ、俺一応カネ払ってんだから、あんたはまだ俺のモンだろ? これ、さ」
天使を買ったらオマケが付いてきた。とっといても使い道なさそうだし・・・・・・つーか、今が使い時なのかな。
「こっち来てくれる? もっとこっち」
目の前に天使。そっと触れると冷たい身体がピクリと震えた。
「じっとしててな」
白い首に赤い首輪をはめてやる。
「―――ッ・・・」
「あ。ゴメン。苦しい?」
とか言いながらキツく締め付けてみたり。もっと虐めると泣いたりすんのかなぁ。
「はーい、オーケイ」
天使はしきりに首を気にしてる。やっぱ苦しいんだよな。弛める気ないけど。
「明日にでも来るから」
腰を上げる。
普通に考えると、俺が帰ったらこいつもどっか行くんだろうな。それで終わり。二度と会わない。こいつは、またどっかで売られて買われる。そうやって稼い
でんのかな。別に、それでもいいんだ。
「じゃあな、センエン」
手を振ると、天使が反応した。
「ん? あぁ。あんたの名前」
「・・・・・・・・・」
立ちっぱなしだった天使が隣のブランコに座った。軽く揺すられた金属がギィと音をたてる。
「センス、ねぇ・・・・・・」
金属の擦れる音に合わせてなんか聞こえた気がするけど、空耳だと思ってそのまま家に帰ることにする。
あー・・・、今日はホント寒い。
翌日。
雪が降った。
俺は公園に行かなかった。
end