時計塔の街で
「いやぁーーー!!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」
ロープが揺れる。正確には、吊るされているオミが揺れるのでオミを吊るしているロープが揺れるわけだが、風の影響もあるだろう。オミ自身、好きでこのよ
うな場所にいるのではない。オミは被害者。そう認識しているのは彼女だけなのだが。
「ごめんなさぁぁぁぁぁぁい!!」
悲鳴とも鳴き声ともとれる叫び声は地上にまで届いていた。オミが吊るされているのは街が誇る歴史ある時計塔、の、文字盤の前。天気も良く最高の展望を満
喫できるだろう―――というのは実際に体験していない人間の想像であって、景色など眺める余裕はオミにはあるはずもない。高所恐怖症でなくても血の気が引
く高さにロープ一本で吊られる恐怖ははかりしれない。集まりすぎた人々が時計塔を取り巻いている。少女がぶら下がり喚いている光景は、この街に住む人間に
とっても奇妙な眺め、前代未聞。不安そうに見上げる者、指を指して笑う者など反応は様々だが、とりあえず注目の的にはなっている。
野次馬の中にジュンはいた。人々と同じように時計塔を見上げ、首をかしげる。
「目立ちすぎて逆に手を出せないんじゃないのか。と、いまさら言っても仕方ないか」
誰にも聞こえない呟きを残してジュンはその場を去った。
一方、時計塔。
吹きすさぶ風が髪をかき乱すのも気にせず、アキラは目を細めていた。どこまでも青い空と、悲鳴。絶好の眺めと、悲鳴。
「ごめんなさーーーい!!!」
「・・・・・・ふむ」
呻いたアキラは身を乗り出して見下ろした。風に吹かれたオミがクルクル回りながら文字盤の中央あたりで揺れている。さらにその下では群がっている人々が
何か騒いでいた。その原因はオミであり、てっぺんに居座っているアキラの存在には一人として気が付いていないらしい。
「おーいー? どうして謝り続けているのか、俺には全くわからないんだけどー?」
届く大きさで声をかけてみても返事はなかった。
「騒いでくれるのは結構なんだけどなぁ。でもよく考えてみると、ここまで登ってくるのが大変そうだよ。殺したくてたまらない相手がぶら下がっているか
らって、わざわざ来るもんかね?」
流れる雲を見やって独りごつ。無論、答えなど返ってこない。
「―――ん? あれ?」
あらためて見下ろすと、オミは気絶していた。
この街で賑わう場所といえば中央通りと市場通り。二つの通りは十字架のように交差していて、その中央に街のシンボルとなっている時計塔がそびえ立ってい
る。
かなりの長さがある中央通りには様々な店が並び、観光客の姿が多く見てとれる。中央通りと市場通りを回れば、金魚の餌から墓石まで普通の人間が必要とす
る
ものはおおかた揃えることができる。普通ではない人間が欲しがるような物は街の西側に行けば手に入れることができるのだが、大半の住人にそのような情報は
必要ない。
「あー。運動すると疲れる疲れる」
それほどの疲労を見せることなく、アキラはひと気のない裏道を歩いていた。人目を避けている理由は簡単。オミを担いでいるからだった。オミのほうは精神
的にそうとう疲れているらしく、もう悲鳴をあげようとはしない。軟派な男がぐったりしている少女を担いでいるという状態。やましいことはなくとも堂々と街
なかを歩ける組み合わせではない。
「もう・・・・・・いや・・・」
「イヤよイヤよも好きのうち。とか」
「ほんとうに・・・・・・ごめんなさい」
オミの魂は大半が抜け出してしまったらしい。話しかけてもまともな返事はないし、身じろぎもしない。だが意識があるだけでも良しとしてアキラは路地へと
入っていった。野良犬や野良猫、ついでに野良の人間まで見ることができる。頭上では団体のカラスが賑やかに合唱していた。ゴミを漁る犬を眺め、アキラはお
もむろに口を開いた。
「そういえば。食べたいもの、何かある?」
ゴミ箱の上の猫がアキラを見つめている。
「俺は甘いものが食べたいんだよなー。でも腹減ってるときに食べると太るっていうし、気をつけないといけないよな。うん」
アキラが一方的に喋り続けているうちに道が終わった。突き当たり、行き止まり。ただ、ドアの無くなった家がぽっかり口を開けている。古ぼけた空き家にア
キラは迷うことなく足を踏み入れた。
「ほーら、到着。いい加減自分の足で歩こうねー」
薄く埃が積もる床に下ろすと、オミは重力に潰されるようにふにゃふにゃと蹲っていった。そんな様子を気にも留めずにアキラは椅子を引いた。大き
く息を吐きながらどっかりと腰を下ろすと、古椅子は派手に軋む。微妙なバランスの悪さに眉を寄せていると。
「ごくろうさん」
傾いたテーブルをはさんだ向かいの席。食事に没頭していたジュンがようやく顔を上げた。
「まったくだよ」
リンゴを手にとり、アキラは、やはり軋む背もたれに身体を預けた。
「肩凝るし腰痛くなるし。たまぁの力仕事なんかするもんじゃない」
「体力をつけろよ」
「ただの愚痴だって。俺のモットーはスマート&クールだから」
「なに言ってるんだか・・・」
不格好なリンゴにかじりつきアキラが笑う。半分ほど胃におさめたところで、ふと、手を止めた。
「にしても。こんなに根性ないなんてなー。困ったもんだ」
「言ってやるな。女の子だ」
ジュンの視線がオミに向く。ほったらかしにされているオミは膝を抱えて部屋の隅に蹲っている。なにやら呟いているようだが声は聞きとれない。アキラもそ
ちらに目をやった。
「あ? 違うって。それもあるけど、殺し屋さんたちの話」
「?」
「あれだけ目立つ所にぶら下げたのに、殺す気配全くなし! 下でも怪しい動きはなかったんだろー?」
「・・・ああ」
面白くなさそうにぼやくアキラ。溜息をついて、ジュンは食事を再開した。
「あれだけ目立つ所、だからこそ手が出せなかったんじゃなかったのか」
「根性がないんだって。俺ならライフルとかで、バンッ、と」
「アキラ」
軽く睨まれてアキラは肩をすくめた。その時。オミがゆらりと立ち上がった。危なっかしい足取りでテーブルまでやってくると、ジュンの隣にドッカリと座
り。
「どうせ私は根性ないですよぉ・・・・・・」
「いや、そんなことは言ってな・・・」
「ボディーガードなんか雇ってる時点でっ、私は根性なしですよー!」
ジュンの手からパンを奪い取りやけ食いを始めてしまった。あっという間にそれを平らげてしまうと、紙袋に入っている他のパンも次々と口に押し込んでい
く。
「・・・・・・・・・」
ジュンが視線だけでアキラを責めた。知ってか知らずか、アキラはオミの見事な食べっぷりに見入っている。
「ふむ。そんな考え方されると困るな。皆が根性ありだったら俺たち失業するよ」
「なら! 思う存分に護ってくたさいよぉ! あんな酷いことしなくても!!」
酷いこと。すなわち、街一番の高さを誇る時計塔にて宙吊り。
「わかったから。とりあえず、落ち着いて」
「―――っっ・・・」
声を和らげたジュンが肩に手を置く。諫めるというよりは慰めるかのような口調。その気遣いが意外だったのだろう、更なる文句を口にしようとしていたオミ
は言葉を飲み込んだ。ジュンは微かな笑みを浮かべてオミの顔を覗き込んだ。
「必ず護る」
「・・・そう、ですか・・・」
「ああ。大丈夫だ」
「でもなぁ。あれが一番てっとり早い方法だしー」
「・・・・・・・・・っ」
遠慮のない一言が、落ち着こうとしていたオミの顔を引きつらせた。
「どういう意味ですか?」
震える声でオミは訊く。
「だからさ、ターゲット見せびらかせば、あっちから来てくれるだろ? 殺し屋さんたち。いつでもどこでも身構えてるよりは誘い出したほうが効率いいし」
「・・・・・・・・・は・・・」
みるみる涙があふれていく。取り繕おうとジュンが口を開いたのと同時にオミはテーブルに突っ伏した。
「ひどい~~~~~!!!」
とうとう本格的に泣きだしてしまった。
「アーキーラー・・・」
「えーと・・・・・・。あぁ、ほら、あれだよ」
さすがにまずいと思ったのか、アキラは無理やりな笑顔を浮かべた。
「宙吊り作戦は失敗したけど、今度は多分平気。ほら、ここを隠れ家にしたのとかポイントだよな」
「「―――――?」」
オミと、ジュンまでもが眉を寄せた。ジュンの方は明らかな不安を抱いている。
「何を、言ってるんだ?」
「だーからっ。ここらは空き家が多いってのもあるけど、わざわざ西側まで来た理由だよ」
「に・・・・・・し・・・?」
放心状態で連れてこられたオミだが、ようやく自分の居場所を理解したらしい。徐々に遠い目になっていく。ジュンは首をかしげて先を促した。
「あ。ジュンにはまだ言ってなかったっけ」
「聞いてないが、聞かないほうが幸せのような気がする」
「俺の調べたところ―――っていうか、街で話を聞けば簡単に知ることができるんだけど。とにかく、この街の西側ってのは穏やかじゃないらしいんだよな」
「・・・・・・そうか。それでか」
疲れたように溜息をつくジュンに、今度はアキラが首をかしげて見せた。恨めしそうな眼差しを向けたジュンは先ほどよりも大きな溜息をこぼす。
「ここに来る途中、襲われた」
「手間取る相手じゃなかったんだろ? 肩慣らしってことで」
笑って、アキラはジュンの肩に腕を回した。
「どうしておまえはいつもいつも・・・」
「まあまあ~」
ジュンを拘束したまま、アキラは逆の腕をオミの肩に回した。ぐい、と、二人を自分のもとへ引き寄せて声をひそめる。
「さっきストーカーさんがいたけどさ」
「つけられたのか・・・?」
「つけさせてやったの。んで。いまごろ仲間とか呼んだりして、もうすぐ襲撃されたりするんじゃないかなーって思うんだよ」
「「・・・・・・・・・・・・」」
楽しそうに告げられた内容に、ジュンもオミも言葉を失った。
「ん? どうし・・・お、わっ?」
二人は同時にアキラの腕を払いのけた。さらには、タイミングを計ったかのように同時に足元にうずくまった。
「殺されるーーー! ボディーガードに殺されるーーー!」
「せめて俺には報告を・・・」
頭を抱えるオミと溜息混じりに呟くジュン。アキラはアキラで、満足そうに二人を見下ろしている。
「さあて。腹ごしらえしとこうか!」
「あは・・・・・・はははははは」
たどたどしい、渇いた笑い声。目はおそらく眼前の光景を映してはいないのだろう。心が遠くを―――ここではないどこかを旅している。
「は・・・あ、はははは・・・」
空き家の隅で、壊れたようにオミが笑う。狭い部屋の中にはオミを含めて現在四人がいる。少し前に倒れて動かなくなった男と、肩で荒い呼吸をしつつ構えて
いる男、静かに相手を見据えるジュン。空き家は戦いの場になっていた。
「ひけ。力の差は理解しただろ」
ジュンが何度目かの台詞を口にする。
「てめーらこそ出ていけ!」
男も何度目かの台詞を吐く。互いに、説得は無意味だと理解しつつも同じ言葉を繰り返していた。
「――――――」
空気が張り詰める。相手のわずかな動きにでも反応できるよう、互いの緊張感は弾けるギリギリのラインを保っていた。だが、男の方には焦りが見られる。
ジュンの実力を目の当たりにしたうえ、仲間が倒されれば不利は十分に承知なのだろう。本来ならば、戦うことも身を守ることもできないオミの存在がジュンに
は足枷になる
なずだが、男がオミを狙うことはなかった。そこに違和感を覚えつつもジュンはオミを庇うように立ち回っている。
そのオミの笑い声はいつの間にか止まっていた。静かすぎる室内の空気は息苦しいほどで―――。
―――突然。
窓ガラスが砕けた。
「「―――――!!」」
それを合図に、二人が、動く。
だが遅れて、もう一度ガラスが割れた。
一瞬怯んだ男にジュンが仕掛ける。
「ッ」
それでも男の反応は一般人よりも遥かに速い。身を引きつつ振るった腕でジュンを牽制し、すぐさま体勢を立て直した。
「・・・慣れてるな・・・」
呟きを噛み潰してジュンはそのまま踏み込む―――。
同じ頃。外。
「あーら、まぁ」
アキラがのん気な声をあげた。割れた窓ガラスを眺めて肩を竦める。
「ま、俺の家じゃないしー」
軽く息を吐いただけで視線を戻す。右手には鎖をぶら下げていた。一般的な鎖よりも金属の輪は細く小さくできている。長さは二メートルほど。アキラがいつ
も身に付けているもので、主に得物としての役割を果たしている。意図せずガラスを割ったのはその鎖だった。
「に、しても」
アキラは対峙する男をじっと見つめた。鎖を警戒しているのか、男はナイフを握りしめてかなりの距離をとっている。
「やっぱり殺し屋さんとは違うな。さてはー、ただのチンピラだな~?」
「っ!! 黙れ!」
相手はかなり感情的だった。アキラの軽口にいちいち突っかかってくる。
「お。その様子だと言われ慣れてるみたいだな」
「るせ! 黙れって!」
ナイフが言葉を薙ぎ払う。アキラはわざとらしく唇を尖らせた。
「雰囲気を良くしようという心遣いなのに」
「どこまでもふざけた奴ッ・・・」
「こういうのは俺の担当じゃあないんだけど」
嘆息を漏らしたアキラは鎖を軽く回し、そのまま腕に巻き付けた。ゆっくりと構えなおし、双眸を細める。
「任せられたからにはしっかりやるさ。かかってこい」
「―――は。そうかよ」
男が笑う。自分の背後にナイフを捨てると数歩距離を詰めた。それは、素手で戦う間合い。
「せっかくの武器を手放しちゃって、もったいなーい」
「生憎、俺はこっちの方が得意でな。んじゃあ、相手してもらおうかァ!」
男は一気に突っ込んできた。なるほど繰り出される拳はナイフを使っていた時よりも戦い慣れている。力任せな攻撃は重く、そのくせ速い。防いでも骨に響く
威力にアキラは顔をしかめた。
「乱暴なオトコはっ、嫌いヨっ」
身のこなしはアキラの方が速い。器用にかわして男の背後をとる。
「このっ・・・! 調子ん乗ってんじゃねえって!」
「俺だいたいいつもこんな感じだし。許してネ、っと!」
ステップを踏むように逃げ回る。その動きで相手を翻弄していた、のだが。男の反応速度は徐々に上がっている。やはり慣れているのだろう。余裕でかわせて
いた拳が身体をかすめていく。直接的なダメージはなくとも、押され始めれば分が悪い。
男の拳を捌いて、距離をとろうと、して。
――― 来 る 。
直感が騒いだ。
とっさに防御を固めた。
が。
大きく踏み込んだ男は既に眼前。
「・・・・・・・・・ッ!」
一撃で腕が弾かれる。構え直す間もなく、空いた胴に重い拳が叩き込まれた。
「かッ・・・!! っっ・・・あ、ッ」
膝の力が抜ける。崩れ落ちたアキラは背中を丸めて咳き込んだ。しばらくはまともな呼吸すらできず苦しげに喘ぐ。
「こ、ッッ・・・っ、・・・・・・ぁ、くっそッ・・・」
「はッ。でかい口たたいてる割にはたいしたことねえ。口だけか」
男の足元を数滴の血が濡らした。鎖ごとアキラの腕を殴りつけていたため拳の皮膚が裂けている。そんなことに男は見向きもしない。勝ち誇ったようにアキラ
を見下ろしている。完全に勝敗が決した状況ではないが、追撃しようとする気配はなかった。
「・・・・・・・・冗談・・・」
アキラは首を振って苦痛を払いのけた。もちろん、そんなことで完全に痛みが消えるはずもない。はたから見ても強がっているのが丸わかりだった。
「これで・・・勝ったつもりなのか?」
身体を起こし、不敵に笑って見せる。
「俺、一応これが仕事だからさ。負けるつもりなんかないんだよ。相手がチンピラだと、なおさら、さ」
にぃ、と笑い最後の単語を強調する。あからさまな挑発に男は過敏に反応した。
「てめっ・・・泣かすッ!!」
「っと」
怒りの一撃をあっさり躱したアキラは、意地悪く口元を歪めた。
「おそーーーいっ!」
袖に隠してあった細い鎖を弾き飛ばす。
「っ、ッ」
先端の鉄球が重りとなり、鎖は顔をかばった男の腕に巻き付いた。
しっかりした手ごたえ。
相手を捉えると同時に腕を引き。
さらに引き寄せ。
左足を軸に。
身体を回転させ。
「―――シッ!!」
男の頭を回し蹴る。
太陽が沈んだ。もとからドアがなく、先ほど窓ガラスも無くなった空き家はかなり寒かった。風が床の埃を踊らせる。テーブルとイスだけが置き去りになって
いただけの寂しい家だったが、今は人間と食べ物が多少の彩りを添えている。テーブルの上は食料が占領していた。ジュンの好みで買い集められたため味の濃い
ものが多い。
「なんで太らないのか、ちょっと不思議だよなー」
どうにか食料を押しのけたアキラはテーブルに肘をついた。団子を頬張り、正面のジュンを眺める。ジュンの隣にはオミが座っているのだが、向こう側では次
々と食べ物が消えていく。二人の胃袋は絶好調らしい。
「アキラと違って、俺はしっかり働いてるから」
見向きもせずにジュンは答える。口の中に消えていったパンを見送り、アキラは肩をすくめてみせた。
その時。
「―――おい・・・」
低い低い、不機嫌な声。ジュンでもアキラでも、もちろんオミでもない。鋭い視線を向けているのは、アキラとやりあった、あの男。あとの二人とまとめて
縛ってある
のでとりあえず動けない。
「なに、のん気な、夕食なんかを、見せびらかしてんだ、てめーらは」
ゆっくりと、低音で、抑揚のない声が吐き出される。無視をしているとだんだんと煩くなっていくと学習済みのアキラは、団子の串を加えたまま、嫌々振り向
いた。
「あぁ。腹減ってるからそんなにイラついてるの?」
「阿呆か!!」
男が床を蹴る。
「そもそも俺らがこんな目にあう理由がわかんねえんだよ!」
「うーん。成り行きというかなんというか」
「納得いかねえ!」
「そう言われてもな―」
うんざり、とアキラは背もたれに顎を乗せた。くわえた串をもごもご動かす。どうしたもんか、と眼差しが宙を彷徨った。
再開した男の文句。縛り上げた直後は喧しいことこの上なかったのだが、文句が尽きたらしくひとまず中断した。その間はのどかな夕食が展開していたわけだ
が。あくまで中断だったらしく、今、男は再び口を開いた。
「ほどけ!」
「・・・アキラ。行かせてやってもいいんじゃないのか」
見かねたジュンが小声で言う。
“うんざり”は場にいる全員に感染していた。それは、文句を言っている男と共に縛られている二人の男たちも含んでいる。一時的とはいえ文句が止んだの
は、彼らが慣れた様子で宥めたのも理由になっている。
「アキラ」
「んんー。でもなー」
「オミを狙ったんじゃないことははっきしたんだ。拘束する必要はないだろ」
「だーけーどー・・・」
「だけど?」
「一撃もらった、お礼を」
「てめッ! そんな理由で!!」
ぼそりと発せられた言葉はしっかり聞こえてしまったらしい。男が暴れ出す。
「あれだけ思い切り蹴り倒しといてまだ根に持ってんのかよ!?」
「ヒカルさん、落ち着っ・・・痛い! 無茶ですよー!」
男が無理に立ち上がろうとしたせいで三人まとめてゴロンと床に転がった。
「俺ら負けたんスから、しょうがないですよー・・・」
「違う! 俺は負けてねぇ! あいつが卑怯だったんだ!」
「喧嘩に卑怯とか関係ないじゃないスか」
「武器隠し持ってるとか、思いっきり卑怯だろうがよ!!」
内輪もめに発展してしまえば後は関係なし、と、アキラは男たちに背を向けた。姿を視界の外に出したところで、大声は無視のしようがない。だというのに、
アキラもジュンもオミも、何も聞こえていないかのように振舞っていた。
「んでさー。ようやく不審者登場かと思いきや、チンピラが縄張り主張してきただけでした、ってことだけど。どうすんのー? 結局今日も殺し屋さんたち出
てきてくれなかったけ
ど」
串を噛んでぼやくと、ジュンはようやく食事の手を止めた。同じく、オミも顔を上げる。
「今日で一週間だ。それらしい動きは全くない」
「ここまでくるとー、本当に命狙われてんのかって話になってきちゃうよなぁ?」
二つの視線がオミに向く。
「私っ、嘘なんかついてませんよぉっ!」
オミはテーブルをバンバン叩いて抗議する。
「本当の本当に狙われてるんですよお!」
「ということは。殺し屋さんたちは超奥手なんだろうなー」
「確実に殺すことのできるチャンスを狙っている。とか」
アキラとジュンはゆっくりと顔を見合わせた。しばらく見つめ合った後、同時に立ちあがる。そして同時に口を開き。
「「吊るすか」」
「いやあああああ!!」
オミは椅子を倒して立ち上がった。だが。
「おおっとぉ。逃げはナシだ」
立ち塞がったアキラが抱きしめるようにオミを捕まえる。
「三日ほど吊るしておけば、おそらく」
ジュンが真顔で言う。
「そうと決まれば今すぐ行こう」
アキラが笑う。左右からオミの腕を抱えて二人はそろって出口に向かった。
「おい! どこ行く気だ!」
どうにか起き上がった男―――ヒカルが三人を、特にアキラを睨む。アキラは満面の笑みを返した。
「ちょっと急用ができた。さよならだ。縁があったら、またいつか」
「これほどいてから行けよ!」
「ざんね~ん。今、手が離せないんだ。お詫びに残りの食べ物プレゼント。はい、Bye-bye」
「おいっ! 待っ・・・・・・!」
「さ、Let's Go!」
振り返ることなくアキラたちは外に出た。
「嘘ですよね? 冗談ですよね? ね?」
泣きそうな顔がアキラを見上げた。
「俺、嘘つかな~い」
「本気じゃないですよね? 正気じゃないですよねっ?」
すがるような顔がジュンを見上げた。
「俺も、基本的に嘘はつかない」
言うなり、ジュンはオミを抱え上げた。アキラは先に歩き出している。
「ちょっ・・・嘘ですよね!? 嘘ですよ!!」
日没後の街は奇声や怒声が溢れかえっていた。汚れた通りのあちこちで火が焚かれている。この時間この場所で、少女を抱えた男たちが歩いていても誰も気に
止めなかった。
「夜はライトアップされるんだよな、あの塔。ばっちりだ」
「いやああああっ!! ボディーガードに殺されるーー!!」
街の喧騒にオミの悲鳴が追加された。
アキラとジュンは軽い足取りで時計塔を目指していく。
end