僕の隣の子の話



 席替えをするたびに窓側最後尾 の席を引き当てる端坂に、僕は憧れを抱いていた。
 僕は最前列の悪魔に取りつかれているのだ。おかげで黒板がばっちりしっかり良く見えるわけだが、それはどうでもいい。終わったこと。
 最近の席替えで、ついに僕は悪魔に打ち勝った。今の僕の席は一番後ろ。窓側二列目。やはり今回も例の席を獲得した端坂の隣だ。
 そして、今日も楽しく学校へ。
 「あー、最悪」
 言って、端坂は席に着いた。爽やかな朝とは程遠い様子だった。
 「おはよう」
 「聞いてよ」
 挨拶はさらりと無視され―――もしくは耳に届くことなく、端坂がこちらを向く。確かに、最悪が一目で見て取れた。眼帯、青アザ、バンソウコウ。
 「すごいね」
 「最悪。これ」
 「ケンカ?」
 「そう。っていっても、力が違いすぎてイイ勝負にはならないんだけど」
 「相手は」
 「父親」
 思い出してムカついたらしく、端坂は机を睨んだ。
 「あのわからず屋、また馬鹿みたいなこと言い出して」
 隣の席になって知った。イラついたときの端坂は指で机を叩く。そのリズムが速いほど怒りレベルが高い。今日のは間違いなく今までで最速だろう。
 「母さんは諦めちゃってるから私が止めるしかないの。だけど聞かないのよ。本当にわからず屋」
 端坂が家族の話をするのは珍しい。
 「止めようとしてケンカ? じゃあ端坂は被害者だ?」
 「まぁ、今は私だけだからいいんだけど」
 「おじさん、おばさんにも暴力振るうの?」
 「そうじゃなくて」
 言葉を遮るように、やかましく教師が入ってきた。授業開始のチャイムはまだ先だというのにさっそく面白くもない前回の復習が始まってしまった。
 端坂はといえば。机に突っ伏して寝ている。起きる気配もない超熟睡。珍しい。
 僕はいつも通りまじめに。
 そして。
 「ノート見せて」
 授業が終わり、教師が出ていくと共に端坂は起きた。
 「どうぞ」
 「ありがとう」
 開いたノートを渡して端坂が目を通す。そして。
 「字がきれい」
 ノートを指差して報告してくる。
 「そう?」
 「うん。はい」
 「ん?」
 ノートが返ってくる。
 「字がきれいで気に入らない?」
 「もう覚えた」
 今日は一ページほどしか使ってないが。
 「端坂ってもしかして秀才?」
 「むしろ天才」
 「すごい」
 素直に感心していると、端坂は座りなおしてこちらを向いた。
 「わからず屋の話の続き」
 「ああ。そんな話してたね」
 僕も身体の向きを変える。
 「で?」
 促すと、溜息混じりに端坂は言葉を吐き出した。
 「父さんが、世界を滅ぼすって言い出して」
 「これはまた衝撃的な思いつきで」
 「大迷惑でしょ?」
 「うん」
 「気持ちが変わってないなら今夜もケンカしなくちゃ」
 「夜? 今こうしてる間は平気なの?」
 「父さんってサラリーマンだから」
 「仕事中か」
 頷いたとき。
 「市河っ、行こーぜー」
 またしても邪魔してきたのはドアのところからの呼び声。教科書を振ってる奴がいる。
 次の授業は教室移動。
 「呼んでるよ」
 「うん。じゃあ、またあとで」
 教室を出る時ちらりと見てみると、端坂のところに女子がいた。二人で移動するらしい。
 「なに見てんだ?」
 「ん。今日は天気がいいなあ、と」
 なんだかんだで昼。食堂でうどんを食べていると雨が降り出した。天気予報はハズレ。
 「サボる。じゃあな」
 食事を終えていない僕を残して、悪友は唐突に去っていった。仕方ないので一人でのろのろと食べ続ける。僕は猫舌。
 教室にもどると端坂は寝ていた。窓側を向いていればいいのに皆に寝顔をさらしている。
 端坂が目を覚まさないまま授業は始まった。ほとんどの生徒が夢の世界に旅立ち、静かに時間が流れていく。
 で。
 「さようなら、端坂」
 HRが終わっても起きない端坂をそのままにして僕は家に帰る。



 「昨日はごめん」
 本日の端坂の一言目はソレだった。席に着いた端坂は大変なことになっていた。
 「絶対安静?」
 「見た目ほど痛くないよ」
 見てるほうが痛い。
 「ごめんって、なに?」
 「昨日、夜に地震があったでしょ」
 「すごい揺れたね」
 「あれ、父さんがやったの」
 「へええ。おじさん、本気で滅ぼす気なんだ。世界」
 「そうみたい」
 盛大な溜息がこぼれる。
 「どうしたらいいんだろう」
 「・・・・・・・・・」
 「まずいよね。このままじゃ」
 「たおす。とか」
 「―――」
 端坂がじっと僕を見る。僕たちの席の間を元気な女子たちが通っていった。再び目が合ったとき、端坂はパンッと手を合わせた。
 「一緒にたおしましょうっ」
 「僕はいいよ」
 ゆるく首を振る。
 「・・・・・・ノリが悪いなあ」
 「父親殺しに誘われても困るんだけど」
 「提案者のくせにー」
 「そうだけど」
 わざとらしい拗ね顔を見せた端坂は、だが、すぐに笑った。
 「クラスメイトに怪我させるわけにはいかないもんね。大丈夫。私がどうにかするよ」
 「できるの?」
 「するの」
 「強いね」
 やはり、ぼくは、
 「ミスズちゃん!」
 今日、会話を邪魔してくれたのは端坂の友達だった。カバンを持ったまま駆け寄ってくる。あの姿を見れば、そうしたくなる気持ちも分からなくはない。包帯 大活躍だ。
 隣の席での会話は簡単に聞くことができた。怪我の原因は親とのケンカ云々。僕が聞いた話よりもだいぶ控え目になっている。世界を滅ぼすなんてネタは一切 出てこなかった。
 「近々最終決戦かな」
 端坂が笑った。
 「・・・・・・・・・」
 やはり、僕は端坂に憧れを抱いているらしい。
 今日も授業が始まる。

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