指輪物語
一日の穢れとサヨナラできるこのひととき、ボクは最高の幸せを感じる。選びに選んで買い集めた道具は家族にだって使うことを許していない。個室で密室で
庶民的なボクの聖域―――風呂。毎日きっかり一時間、この時を堪能し尽くすのが日課であり儀式であり一日の締めくくりになる。ボクが入浴するのは家族が寝
静まってからだ。何事も邪魔されるのが嫌いなボクが存分に幸せを満喫できるのがこの時間帯なのだ。悩みも不安も心配ごとも頭から追い出し、熱いお湯に身体
を沈める。この幸福感はなにものにも代えがたい。
「―――なあ。腹減ったんだけど」
遠慮も躊躇いもない一言で幸せは消え去った。ひょっこりと顔が覗き、同時に浴室に冷気が流れ込んでくる。この寒さは脱衣所のほうもドアが開いてるんだろ
う。見なくてもわか
る。全部わかる。どんな馬鹿ヅラをさげて声をかけてきたのかも。
「なあ、旺太。オレ朝から喰ってないからさあ」
「―――・・・可哀想に」
「ん?」
呟きが聞きとれなかったらしいソレはドアを開け放って浴室に入ってきた。そうまでされると、いかに寛容で仏の心を持ち合わせているボクでも少し気分を害
する。
「・・・」
見ると、腕まくり裾まくりしているソレは、さながら風呂場突入スタイルだ。普段の民族衣装?的な重ね着がこの場に適さないという判断は悪くない。が、判
断の箇所そのものが間違っているのだから憐れとしか言いようがない。
「ここには入ってくるなって、ボク言ったよな」
発した声は自分でも驚くほどに穏やかだった。
「あ。聞いたっけなあ。聞いた・・・気がする? かな?」
「わかってて、入ってきたんだな」
こんなに穏やかな気持ちになるのは、ここがボクの聖域だからだろう。だから、笑って対応できる。
「後悔しろ」
「は? ・・・―――ッッ!!」
湯から出した右手を見た途端、ソレは大袈裟なくらいビクついて逃げ出そうとした。正確には、右手の中指にはめた黒の指輪を、見て。でも今更逃がすわけが
ない。素早く服を掴んで引き戻す。
「待て旺太! なんでこんなところにま、デっ」
右手でアッパーとかます。イイ音がしてバランスを崩したソレを湯船に引きずり込み、入れ替わりにボクは外に出る。一度沈んだソレは飛沫を上げて顔を出し
た。
「覗かれたくらいで怒るなよぉっ!!」
なんて見当違いの発言をしているあたり溜息ものだ。そして、鬱になりそうな浴室の惨状。溢れて飛び散った湯が洗面器をひっくり返らせシャンプーやリンス
のボトルを倒し、タオルは床に落ち―――聖域とは呼べなくなった有り様に、ボクはただ目を細める。
「ボクはね、覗かれて怒ってるんじゃないよ。セイジが入ってきたから、キレてるんだ」
言いながら繰り出したボクの拳は、あっさりとソレの顔面にヒットした。その後のリアクションや騒音はすべて無視。手早く服を着て電気を消して部屋にもど
る。
机の上を整理しているとベッドの軋む音がした。
「おかえり」
振り向かずに言ってやる。なんとも言えないオーラが漂ってくるのを背中で感じつつ、紙束やファイルをまとめていく。
「なんか・・・泣きそう」
言葉通り、声は掠れて震えていた。
「なんで?」
「オレ今日、泣き寝入りとかするかもしれない」
「だから、なんで」
椅子を回転させてベッドに向き直ると、こちらに背を向けてセイジは膝を抱えていた。落ちそうなほど端に乗った身体は微妙に傾いている。ひらひらだぶだぶ
した服を脱ぎ捨てて逞しい上半身をさらしているのは、濡れた服を乾かしているんだろう。あれから三十分ほどしかたっていないから髪もまだ濡れている。ボク
のほうは寝る準備ばっちりで、そろそろキリがいい。腰を上げると、その音でセイジがちらりとボクを見る。
「はい、邪魔じゃま」
手をひらつかせて追い払う仕草をする。邪険に扱われたセイジは恨めしそうな顔をするだけで素直にベッドを降りた。口答えは無意味だと思い知ったらしい。
すれ違いざま、ぼそり、と。
「・・・はらへった・・・」
「あ。忘れてた」
「忘れっ・・・!」
弾かれたようにセイジが振り向く。
「なんで忘れるんだよっ。ホントに泣くぞ、オレ!」
「大声出すな。いいよ、好きなだけあげる」
「―――は?」
間抜け顔でセイジはベッドに飛び乗ってきた。
「怒ってんじゃないのか?」
「いつまでも根に持たないよ。子どもじゃないんだから」
言うと、明らかに機嫌が良くなったセイジは子どもみたいな顔で笑う。
「そうか! それは良い心がけだとオレは思う! 偉いぞ旺太!」
「・・・調子に。乗るな。ベッドにも乗るな」
容赦なく蹴り落とす。体格の割には静かに落ちていったセイジは、けれども元気だった。
「なにすんだっ」
「セイジいじめ。不本意だけど」
「まったくだ! オレもう、いっぱいいっぱいなんだからな!」
「知ってるけどね」
そわそわと落ち着きのないセイジに待てをさせて、枕の下から小さな布の袋を取り出す。尻尾を振りそうな勢いでベッドに縋りついているセイジの視線が激し
く不愉快だけれど、そちらは気にしない方向で。布の袋は、ボクがはめているのと同じデザインの指輪で閉じてある。
「ボクはもう寝るよ。後はご自由に」
開けた袋を投げて渡す。キャッチすると同時にセイジの姿は消えていた。
「旺太。起きろ」
「―――」
目だけ動かして見ると、セイジは机に腰かけていた。部屋は薄暗い。まだ日の出直後だ。
「こんな早くに出てくるなんて、今日は槍でも降るのかな」
「―――猫」
「ねこ?」
セイジの視線の先―――ボクの布団の上に猫がいた。丸くなって眠っている。我が家の飼い猫でもなければ近所の野良猫でもない、見覚えのない白い猫だっ
た。
「セイジの友達?」
「猫の知り合いなんかいないって。変な気配がすると思ったら」
「てことは。このクソ猫はセイジの同類か」
「同じ・・・じゃないけど、そんな感じなんだろうなあ」
面倒くさそうにやってきたセイジは猫の首根っこを掴んで持ち上げた。目を覚ました猫の身体がだらしなく伸びる。
「それじゃあ、後はよろしく」
「いいけど。どうせこれ」
言葉を遮って猫が鳴いた。尻尾をくるくる回して喋りだす。
『おはよう石見くん。いい朝だね。今日は晴れるらしいよ。でも天気予報なんか関係なしに僕の心は快晴なんだ。ついにこの時が来たんだよ。宣言しよう。石
見くんは泣いて許しを請うだろう。決闘だ。公園で待っているよ。怖気づいたなら来」
いつの間にか、ボクの手はセイジから猫を奪い取っていた。流れるような自然な動作で窓を開け、まだ喋っている猫を放り出す。セイジがなにか言っているよ
うだけどよく聞こえない。身を乗り出した状態で、そのまま、まだ低い位置にある太陽を眺めて深呼吸する。
「どうしてかな・・・すごく良い気分だ」
爽やかに笑って回れ右すると、目が合ったセイジがなぜか後ずさった。その反応が少なからず目障りだったけれど、それよりも笑いが止まらなくて困った。
「ふ、ふふ・・・。準備は整ってるだろう? セイジ」
「・・・・・・」
「猫の言うとおり今日は良い日になりそうだね」
「・・・楽しみなのか? キレてるのか?」
「もちろん楽しみなんだよ。処刑方法を考えてみただけで・・・笑いが止まらない」
「・・・朝っぱらから迷惑な挑戦状よこしやがって・・・」
窓の外に目をやったセイジは、もういない猫相手にぶつぶつ言っている。
「ったく・・・また腹減る」
「ボクのせい? 違うよね? 売られた喧嘩は買ってぼろ儲け。これ基本」
「その、ぼろ儲けってのが旺太の場合エグイことになるから・・・」
「セイジ。ボクは情け知らずなんだよ」
「自分で言」
「後悔しろ」
ここ最近の中で最も力を込めてセイジの腹をぶん殴る。面白いくらい吹っ飛んだセイジは仰向けで動かなくなった。
「他に言いたいことは?」
指輪を二つはめた右手を見せると、セイジは静かに首を振るだけだった。
早朝。まだ静かな住宅街に騒音が響いた。硬くて重い音。工事現場なんかで聞くことができるかもしれない。塀が少し崩れたようだけど結果オーライでごまか
そう。近所迷惑という言葉は不要のため、ボクの辞書から破いて捨てた。
「ふ。他愛もない」
人様の家の屋根の上から見下ろせば、無様に地に伏す愚か者の姿が確認できる。
「オレ、旺太だけは絶対に敵にしたくない」
電柱のてっぺんにしゃがんでいるセイジが何やら呟いた。頭と肩には雀がとまり軽やかにさえずっている。早い時間帯なだけあって、道端にはほとんど人影が
ない。通ったとしても、せいぜい、数十分に一人二人だ。
通勤通学にはまだ一時間以上ある。今どれだけ暴れたところで肉体的な被害者は出ないだろう。天を仰げば、いつも以上に素晴らしい朝のような気がした。け
ど。
「―――・・・。セイジ。ちゃんと仕留めなきゃ駄目だろ」
「あー・・・。妙な手ごたえだとは思ったんだけど」
ボクらの視線の先で愚か者が立ち上がってしまった。顔も服も汚れたまま、すぐにこちらを見上げてくる。
「石見くんっ。・・・と?」
そしてセイジを見つけて顔色が変わった。驚きと動揺を混ぜ合わせてボクとセイジを見比べている。
「なんで・・・なんで石見くんまでそんなの連れてるんだよっ」
その一言で、大体は察することができた。
「力・・・って、その猫のことかな?」
大事そうに抱えているのはボクの部屋に現れたあの猫だ。ボクには猫を見分ける能力なんてないけれど、あのふてぶてしさは違いない。いつの間にかセイジが
隣に来ていた。
「誰?」
「いわゆる、幼馴染みというやつだね。長戸しゅん。フラれた回数は星の数、捨てられたラブレターの枚数は使い捨てられたカイロの数」
「なにをごちゃごちゃと言ってるんだ! さっさと降りてこい!」
癇癪を起したようにしゅんは喚いている。なにを、なんて訊くまでもなく声は下まで届いているはずだ。そのボリュームで喋っているんだから。
「・・・変わったな、しゅん。少し前まで素直でいい奴だったのに」
「だからこそっ・・・ボクは独立戦争をしかける! ていうか石見くんをボコる!」
ボクを指差して叫んだしゅんの声は微妙に震えている気がする。虚勢を張っているのが分かって憐れだ。
「戦争とか言ってるぞ。友達じゃないのか?」
「友達じゃあ、ないね」
「旺太の性格からして、二人の関係はぼんやり想像できる」
セイジの呟きは聞き流して、視線は再びしゅんへ。
「しゅん」
「な・・・んだよ・・・」
「不意打ちなんかして悪かったよ」
「―――へ?」
謝罪がよほど意外だったのか、しゅんはポカンと口を開けてボクを仰ぎ見る。肩の力が抜けたのが丸分かりだった。そんなしゅんに、ボクはにっこりと笑いか
けてやった。つられてか、首を傾げな
がらもしゅんもぎこちない笑みを返してきた。
「い・・・石見くんがそう言うなら・・・」
「反乱分子は正面から全力で叩き潰す。後悔しろ、しゅん。ボクに逆らうとどうなるか、その身をもって思い知れ」
「―――ぁ」
一瞬で、しゅんの顔から血の気が引いた。声どころか身体までガクガクと震えている。気を抜いた直後どん底に突き落とされた効果は絶大らしい。それでも逃
げようとしない―――のか、足が竦んでいるのか。縦にばか
り成長して無駄に大きくなったしゅんがやけに小さく見えた。
「の・・・の、ぞむところだあ!!」
情けない裏返った叫び声が朝の街に響く。
「冗談じゃないぞっ。こんなっ・・・!」
悲鳴じみた叫びを発するのは、他でもない、セイジだ。ボクを抱えてセイジは跳ねまわる。屋根の上から塀の上から、とにかく逃げの一手が続いている。上下
運動やら急停止急加速が混ざり合って、この上なく不安定な乗り物だ。
「セイジ」
「けど! あいつ旺太狙いだろっ。そこらに置いとけないだろ!」
音もなくボクたちを追ってくる白い塊。虎―――ほどの大きさの猫だ。しゅんの猫がこんなことになって襲いかかってきている。戦闘態勢のセイジを無視して
ボク狙いだ。すぐに気がついたセイジは、ボクを守ることよりも連れて逃げ回ることを選んだ。
「おい、フラれマン! 旺太に怪我でもさせてみろ! 後頭部むしるぞ!」
「ふ、ふられマンとか言うな!」
庇うように後頭部を押さえてしゅんが喚く。
「だいたい、ボクの目的は石見くんなんだから仕方ないじゃないか!」
「仕方ある! すぐにやめないなら猫もろともむしってやるからな! とにかく旺太にだけは手を出すんじゃない!むしろ頼むから!」
セイジはものすごく必死だった。しゅんが怯むほどに。―――いや、怯むというより躊躇っていると見るべきか。なにか考えながら、本格的な攻撃の指示を与
えられてい
ない、ような。猫の動きもセイジを追い詰めるような鋭さがない。そして。
「―――そうか・・」
急に猫が足を止めた。
「っと。なんだ?」
猫は元のサイズに戻り、しゅんの足元に腰を下ろした。しゅんにも猫にも攻撃の意思というものがうかがえない。それを演技でこなせるような人間ではないの
は承知だ。セイジに言って、十分な距離をおいて道に降りる。
「そうか・・・そうだったのか」
しゅんの態度がおかしい。神妙な面持ちで頷き一人で納得している。
「僕にはよくわかるよ・・・」
ボクには全くわからない。けれど一つだけ確かなことは、しゅんがボクではなくセイジを見ているという点だ。しゅんは自分自身とセイジに語りかけている。
やおら、しゅんが口にしたのは予想外の結論だった。
「きみも石見くんの恐ろしさを知っているんだね?」
「―――は?」
「いいよいいよ、みなまで言う必要はないんだ、だって僕達は同志じゃないか!」
両手を広げ、しゅんは声高に言ってのけた。呆けていたセイジが顔色を窺うようにボクを振り返る。ボクからのコメントは特にない。
「そうだね。世界を敵にまわすより石見くん一人が敵になる方がよっぽど危険だ。僕はね、いつか石見くんか世界をものにするんじゃないかと不安で不安で仕
方がないんだよ。きみはその手段として無理な契約で下僕にされたんだろう?」
「いや、オレ下僕とかじゃ・・・」
「みなまで! みなまで! わかっているよ! わかっているから!」
人の話を聞かず妄想が暴走しはじめると末期だ。これはもう、他人に迷惑をかける部類に入る。放置するといつまで妄想を垂れ流すのか、ほんの少しだけ気に
なったけれど、それより別のことに興味がわいた。
「・・・せかい、せいふく・・・」
「は? ちょ・・・旺太?」
セイジを押しのけて進み出る。歩み寄ろうとしていたしゅんはボクの登場にビクリと立ち止まった。思い出したように警戒をあらわにする。
「そういえば言い忘れてたよ」
「―――・・・なに、を・・・?」
「ボクは猫が大嫌いだ。朝っぱらからあんなものよこしてくれてアリガトウ。お礼、期待してくれていいよ」
笑って言ったのに、しゅんは青ざめて後ずさっていく。ボクの言葉をどんな意味に解釈したのやら。―――もちろん、本来の意味でのお礼であるはずがないわ
けで。つまり、ボクの真意はきちんと伝わったようだ。伊達に幼馴染みやっていない。
「・・・そのお礼係はオレ、なんだよな・・・?」
「あたりまえ」
「そか・・・」
しぶしぶといった様子ながらもセイジはボクの前に立つ。ただ突っ立っているだけだ。こんなだけど、構えないのがセイジの構えらしい。
「・・・っ」
しゅんは本気でセイジを仲間にできる
と思っていたらしく、信じられないといわんばかりにかぶりを振った。
「どうしてっ。僕たちはわかりあえるはずだ! 一緒に石見くんを倒そう! 世界を守ろう!」
ずいぶんな言われようだ。ボクは大魔王か。しゅんがボクをどういう目で見ているのかが、よぉく理解できた。
「せっかくだけど」
ボクが口を開くよりもセイジの言葉が早かった。
「今のとこオレの力は旺太のものだからな。誰が何と言おうと誘いに乗るつもりはないんだ。悪いな」
正直、意外だった。自分で言うのもなんだけど、ボクはセイジの扱いが酷い。縛りがなくなればすぐにでも去っていくものだと思っている。なのに。
「セイジって――――――まぞ?」
「なんでやねん」
セイジの突っ込みは超棒読みだった。楽しい会話が終了したところで、しゅんの肩がわなわなと震えているのに気がついた。怒りを孕んだ目が、今度はしっか
りとボクを見ている。
「世界の平和を守るため、僕は戦うよ! 覚悟しろ、石見!・・・くんっ・・」
「漫画の影響受けすぎ。ま、いいや。相手してあげる」
状況が理解できるのか、猫が腰を上げセイジと対峙する。とはいっても、威嚇してくる様子はない。ゆらゆらと尾を揺らす様は機嫌が良いように見える。
「実際やるのオレらなんだから、勝手に盛り上がらないでほしいよな」
溜息混じりの呟きに同意するように猫が鳴いた。どこか遠くで鐘が鳴った。セイジが一歩踏み込んで―――。
「―――た。旺太」
一応、学習能力というものがあるらしく声は廊下から聞こえてきた。しばらく黙っているとドアが開いてソレが脱衣所に入ってくる。
「ここは風呂じゃあないよな。な?」
どっちみち不愉快だけど、前もって禁止していなかったボクが悪い。聖域な今日も荒れ模様だ。
「で? なに?」
「あー・・・あーいや。怪我、平気か・・・?」
「怪我ってほどじゃないね」
頬に一つ、傷をもらった。浅い切り傷だからすぐに消えるだろう。湯がかかると最初ちょっとだけ沁みた。
「そんなこと言うためにこんなところにまで来たわけ?」
「その・・・なんでかなーとか思ったり・・・」
「なにが」
「好きなだけ喰っていいって・・・」
「言ったよ。それが?」
「いきなりそんなだと、怖いというか・・・」
「これからもセイジには頑張ってもらわないといけないからさ。考えを改めてみたんだ。不満?」
「不満より不安」
「勘繰るのは良くないね。好意は素直に受け取るべきだよ、セイジ」
この時間を邪魔されるのは耐え難い。けれども、この場にいるからこそ穏やかな気分になれる。どうやらボクはずいぶん寛容になったらしい。全てを赦して全
てを受け入れ何もかもを愛せそうな気がする。そう、世界規模で愛おしい。
「というわけで、セイジ。世界を手に入れてくれ」
「おう。ぉ、ぅ? え? は??」
「世界征服しよう」
言い終わる前に勢いよくドアが開いた。デジャヴ。と思いきや、突入してきたソレは腕まくりもなにもしていなかった。飛び込みそうな激しさで詰め寄ってき
て湯船の
縁を掴む。
「旺太が言うと洒落になんないんだよ!」
「あ。間違えた」
「間違え・・・?」
「征服するのがセイジ。君臨するのがボク」
「―――」
あんぐりと口を開けたままソレは言葉をなくしている。なんて馬鹿ヅラだ。長い付き合いじゃないにしても、そろそろボクの言動に過度なリアクションはいら
ない。―――それはそうと、今日もやっぱり脱衣所のドアが開けっ放しだ。デジャヴ。
「―――セイジ」
やさしい声音で呼びかける。我に返ったソレは瞬いてボクを見つめてきた。
「え・・・?」
遅い。ボクの右手中指には指輪が三つ。逃げる間なんか与えない。
「ここには入ってくるなって言ったはずだ」
「 」
風呂場の悲鳴はよく響く。いつからだろう、ボクの聖域がこんなことになってしまったのは。
心休まる場所を取り戻すために、まずは世界をモノにしよう。
end