流石は田舎。暗くなれば出歩く人間は激減する。車だって自転車だって犬も猫も、同じだ。
 「無駄な体力使ったな・・・」
 空腹は増すばかりだ。というか、いつの間にやら次の段階に進んでいる。気持ちが悪い。
 「これは。やばい・・・」
 ふらりと立ち入った公園も、やはり無人。
 冷たいベンチに腰をおろして一息。
 疲れた。精神的に。砂場に置き去りにされている子供用のバケツとスコップを見てセンチメンタルになるほどに―――。風も吹かないのに揺れるブランコを見 て、そんなこともあるわなぁと納得するほどに―――。疲れている。
 もちろん身体のほうも疲れている。
 バタリとベンチに横になってみた。
 「・・・俺は、あれか。女難の相とか出てるのか」
 あるいは、相手を不快にするオーラでも発してるのか。
 今回の目覚めは、どうにもよろしくない。不貞寝とかしたい。本末転倒だが。
 「朝日浴びてシのうかなーーー」
 言ってみて虚しい。それくらいで死ねりゃあ苦労しねぇよ。
 目を閉じる。深呼吸。口の中と肺が冷たい。身体だって冷えてきた。ひもじさもプラスして、とても惨めな俺。
 「―――平気ですか?」
 不意に声がした。
 見上げると、女が立っていた。
 「酔ってますか? こんなところで寝ちゃいけませんよ。今夜は冷えるみたいですから」
 「おまえ・・・」
 違う。女じゃない。
 見た目も声も仕草も女以上に女だが騙されるな。今をときめく男の娘、鈴くんだ。
 「・・・なにやってんだ」
 「へ? え?」
 鈴は戸惑っている。俺の問いにではなく、俺が話しかけたこと自体にだ。こいつ、俺だと気付かず声をかけてきたな。この暗さなら仕方がないのかもしれない が、だからこそ逆に、こんな暗闇で見ず知らずの人間に声をかける不用心さはいかがなものか。
 「俺。覚えてるか」
 身体を起こして顔を見せる。
 「あ! えっと・・・うん・・・? んー・・・?」
 微笑みながらも思い出そうと必死になっているのが丸分かりだ。
 そういえば、まともに会話したことあったか? 俺は何度もこいつを見てるし話にも聞いてるんだが。もしかして一方通行か。
 「おまえの、姉貴の、知り合い」
 「ああ! そうだね! たぶん」
 たぶんて。
 「もしかして、姉さんに会いに来たの?」
 「は」
 成程。鈴の家はすぐそこだ。てことは近道で公園を突っ切ろうとしたとかか。
 「ただの散歩だ」
 「ふーん?」
 「それより。おまえ、早く帰んねえと姉貴が捜索願い出すだろ」
 「あはは。お兄さんも風邪ひく前に帰んなきゃね」
 「帰るつっても」
 溜息が白い。
 「―――なあ。俺のどこが悪いんだと思う」
 溜息ついでに訊いていた。
 「女どもはなんであんな態度だよ。俺が悪いのか? 俺の所為か?」
 独り言みたいな愚痴だ。答えなんか求めていない。鈴がここにいなかったとしても俺は独りで呟いていただろう。
 なんか色々と溜まっているらしい。
 「そりゃまあ、俺にもなんか悪いとこあったかもしんねえけど。あいつらのは違うんだよ。もっと根っこのほうから俺を嫌ってんだよ俺の存在そのものを拒絶 してんだよ。んなもんどうしろってんだ」
 「―――死んで、生まれ変わるとか?」
 鈴にまで死ねって言われた。笑顔だった。
 「・・・それが手っ取り早いわな」
 「え? あれ? 冗談だよ? 冗談だよ!? 真に受けちゃ駄目だからね!?」
 鈴は慌てて言葉を探していた。
 「ええと、えーーとねっ。えええ、え、えがお」
 「は?」
 「そう、笑顔が大切だよ!」
 言ってるうちに自分で納得したらしく、ガッツポーズ付きで力強く頷いて。
 「お兄さん無愛想だよね! ・・・少し、だけ・・・。だからこその笑顔だよ!」
 「あいつら、存分に気味悪がるって」
 「そんなはずないよっ。笑顔! それと、さりげない優しさも大事かな。自分がされて嬉しいことは他人にもやってあげなきゃだよ」
 手本のような素敵な笑顔で鈴は言ってのけた。
 その言葉は、まんまあいつらに聞かせてやってくれ。
 正論なんだろうが俺には難易度が高すぎる。住む世界が違うとか、そんなレベルだ。
 「おまえ、いい奴だよな」
 「そう?」
 首を傾げる鈴は謙虚でいらっしゃる。あの姉貴とこの弟に血の繋がりがあるなんて都市伝説じゃないのか。
 「・・・おとうと・・・」
 弟。
 鈴は弟。
 鈴を見る。見つめる。
 弟な鈴はもちろん男だ。
 今まで俺は女だけを食ってきた。どうなんだろう。食わず嫌いってこともある。案外いけるのか? 見た目だけならいける。いける、か?
 「なぁ、鈴」
 「なあに?」
 微笑む鈴。
 「おまえ童貞?」
 「        」
 微笑み続ける鈴。まるでそこだけ時間が止まったかのようだ。
 「いや待て。おまえの場合はどっちの話になるんだ。掘ったとか掘られたとか」
 「へ」
 笑顔の鈴が口を開ける。その表情は引きつっているように見えなくもない。大きく息を吸い込んだ鈴は。
 「へんたいだーーー!!!」
 耳をつんざく大音響を発した。持っていたバッグで俺を強打し、凄まじいスピードで去っていく。
 「・・・・・・どうすんだこれ」
 バッグが置き去り。
 俺も置き去り。
 なんだこの、懐いたと思った猫に引っ掻かれたようなショックは。
 「くそ・・・」
 身も心も寒い。鼻水出そう。
 このままここで惚ける気にもなれず、バッグ片手に腰を上げた。
 俺の次の行動なんて決まっている。


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